親の死に備える
「備える」とは何か
親の死への備えは、二層ある。実務的な備え(葬儀・相続・財産の確認)と、心理的な備え(別れを受け入れる準備)だ。前者はリストにできるが、後者はリストにならない。
実務的な準備は早いほど良い。エンディングノートの存在確認、保険や通帳の在り処、葬儀の希望、戒名・墓のこと——生前に話し合えるなら、話し合っておく。
話し合いにくい理由
「親に死を話すのは縁起が悪い」「親を傷つけるかもしれない」——そういう遠慮が、話し合いを先送りにする。しかし、話せるうちに話すことが、最終的に双方を楽にする。
死は避けられない。それをお互いが知っている。「知っている」ことを前提に話すことが、タブーを超える第一歩だ。
POINT
- 実務的な備えは早いほど良い——生前の話し合いが鍵
- 愛別離苦——仏教が最初から認めた、避けられない苦しみ
- 最善の備えは、今、親と関わること
仏教の「愛別離苦」
仏教は「愛別離苦(あいべつりく)」を人間の根本的な苦しみの一つとして数える。愛するものと別れる苦しみは、避けられない。それは仏教が最初から認めた苦しみだ。
避けられないなら、どう向き合うか。その問いへの答えを、仏教は修行として提案する。別れを受け入れる力を、日々の中で育てる。
今できること
親の死への最善の備えは、今、親と関わることだ。会いに行く、電話する、一緒に食事をする——それが「備え」の本体だ。
後悔は、やったことよりやらなかったことから生まれる。「あの時会いに行けばよかった」という後悔を減らすために、今できることをする。それが、別れへの最善の準備だ。
後悔は、やったことよりやらなかったことから生まれる。